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山口地方裁判所下関支部 昭和60年(ワ)50号 判決 1988年3月15日

原告 株式会社 石本工務店

右代表者代表取締役 石本康雄

右訴訟代理人弁護士 今村俊一

被告 山陽ジャスコ 株式会社

右代表者代表取締役 山田幸雄

右訴訟代理人弁護士 下向井貞一

主文

一  被告は原告に対し、金一三〇〇万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月二五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同じ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告は原告に対し、金三三一万五四六五円及びこれに対する昭和五七年一〇月二五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (乙事件)

(一) 昭和五七年七月末頃中国ジャスコ株式会社(以下「中国ジャスコ」という。)は原告に対し、同社が経営する中国ジャスコ下関東駅店(以下「東駅店」という。)の改装工事(以下「本件工事」という。)請負工事代金支払のため、西日本電設株式会社(以下「西日本電設」という。)が原告に振出交付する約束手形については、中国ジャスコにおいて支払を保証する旨約した。

(二) 昭和五七年八月二六日原告は西日本電設から別紙手形目録(一)記載の約束手形(以下「(一)手形」という。)の振出交付を受け、これを所持している。

2  (甲事件)

(一) 昭和五七年八月六日原告は西日本電設から別紙手形目録(二)記載の約束手形(以下「(二)手形」という。)の振出交付を受け、これを所持している。

(二) 同日中国ジャスコは原告に対し、西日本電設の右(二)手形の振出人としての債務につき民法上の保証をした。

3  原告は右(一)、(二)の各手形を満期に、支払場所において、支払のため呈示した。

4  昭和五九年八月二一日被告は中国ジャスコを吸収合併し、その債務を承継した。

5  (店長の包括的代理権等)

前記1項及び2項の保証をしたのは中国ジャスコの唯一の店舗である東駅店の店長であった岩下義之(以下「岩下」という。)であった。そして、東駅店は中国ジャスコの実質的営業所であり、下関市に常駐していた役員は岩下のみであった。そうすると、岩下は東駅店の営業に関し、中国ジャスコから包括的代理権を与えられた支配人であったというべきである。

右包括的代理権が認められなかったとしても、本件工事は東駅店店舗の改装及び店舗内のテナントの配置換えのための工事であり、中国ジャスコの営業の都合により同社の主導で行われた工事であるから、形式的な元請けとなった西日本電設が本件工事代金決済のために原告に対し振出した(一)、(二)手形の支払につき民事保証することも東駅店の営業のために必要な行為ということができ、同店の支配人岩下の権限に属することであった。

6  (表見支配人)

右主張が認められないとしても、岩下は表見支配人とみなされ、被告は岩下の約した保証につき責任を負うべきである。即ち、中国ジャスコは全国のジャスコグループを統括するジャスコ株式会社の子会社であり、ジャスコグループの一員としてその内部関係においては会社としての権限の一部(一定額以上の金員の出納、商品の仕入れの大部分等)を親会社に制限され、その業務の一部をグループ内の他社に担当させているが、東駅店はその中国ジャスコの中核的業務である百貨小売業を営むための唯一の店舗であり、同店の営業に必要な範囲内で独立した権限を有しているので、同店は商法四二条の支店に該る。また、岩下は(二)手形債務の保証をなした当時東駅店の店長の地位にあったところ、岩下の権限は、右のとおり制限された中国ジャスコの有する権限の範囲内では殆ど全ての権限を有しており、同人が前記保証の際用いた「中国ジャスコ(株)下関東駅店取締役店長」という名称は中国ジャスコの支店たる東駅店の営業の主任者たることを示すべき名称にあたる。

よって、岩下は商法四二条の表見支配人に該当し、東駅店の営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有するものとみなされ、岩下が右権限に基づきなした(二)手形の保証につき被告は責任を負うべきである。

7  (無権代理の追認)

仮に、岩下の前記保証が無権代理によるものであったとしても、昭和五七年一〇月二五日頃中国ジャスコの代表取締役荒角和典は岩下の保証を追認した。

8  よって、原告は被告に対し、(一)手形及び(二)手形の額面合計一六三一万九四六五円及びこれに対する各満期日である昭和五七年一〇月二五日から支払いずみまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)項、2(二)項及び5項ないし7項の事実は否認する。東駅店改装工事は同店のテナントであるサントピアが注文主となり、西日本電設が元請、原告が下請としてなしたものであって、中国ジャスコとしては直接何らの関係がなかった。したがって、西日本電設の振出手形の支払を保証する行為は東駅店の営業には何ら関係がなく、岩下の個人的行為というべきである。

2  請求原因1(二)項、2(一)項及び3項の各事実は不知。

3  請求原因4項の事実は認める。

三  抗弁

請求原因6項に対し、原告は岩下が中国ジャスコ東駅店の支配人でないことを知っていたし、知らなかったとしてもそのことにつき重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

一  本件工事及び(一)、(二)手形の振出及び保証の経緯について

《証拠省略》によれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。即ち、

1  昭和五七年六月頃原告は、長谷秋義から、東駅店でテナントの移転に伴う大がかりな内部改装工事があり、数業者が見積を出しているという話を聞き、右長谷の紹介で東駅店の見積りに参加させてもらえることになり、原告方の担当者吉本が同店の応接間に趣き、同店店長岩下義之から工事の概要や見積りに必要な範囲(同店内のテナントの移動のみならず、同店の建物本体工事を含む)の説明を受けたこと、

2  原告は本件工事の見積を提出していたところ、数次の変更があった挙句、昭和五七年七月一二日原告代表者石本康雄、岩下義之、西日本電設の社長高橋義人らの居る席で基本工事代金を一〇五三万円と決定し、原告は同日から右工事に取りかかったが、右席上で、右工事代金の支払い方法について、岩下又は高橋義人から、工事代金はジャスコの手形で支払う旨の話が出ていたし、原告方担当者も本件工事はジャスコの工事であり、ジャスコが支払いをしてくれるものと理解していたこと、

3  東駅店店長岩下は、本件工事のうち東駅店の本体工事部分は本来同店(建物所有者たるジャスコ株式会社)が施主となるべきものであるが、今回はテナントを説得して工事全部をテナントの負担において施工することになったので、施主がテナントであり、その元請が西日本電設であるといったような説明は元請自身がするべきことと考え、原告には改めて説明しなかったこと、

4  東駅店における各種工事の発注方法は、前記岩下が電話一本で発注し、これを受けた業者は直ちに工事に取りかかり、概ね一〇〇〇万円を超えるような工事契約の場合は後日ジャスコ本社から当該工事の発注伝票が届く仕組みになっているが、本件当時の同店屋上フェンス取替補修工事のように、見積金額が八〇万円の工事についても発注者がジャスコ株式会社である場合もあること、以上のとおり岩下からの発注であっても、中国ジャスコ或いはジャスコの関連会社間の内部的な取決めに従って発注者が誰になるか決定されるため、工事請負業者としては、同じ岩下からの発注であっても、発注者がジャスコ本社になるのか、中国ジャスコになるのか、また、その間に元請が介在しているのか等は分らないし、更には請負業者は中国ジャスコもジャスコ本社も同一の会社と考えて信用しており、したがって、原告は本件工事も中国ジャスコの工事であると考えて昭和五七年七月一二日から着工したこと、

5  その後、原告は、本件工事につき、中国ジャスコ宛の契約書を作成し、持参したところ、岩下から注文者を西日本電設に代えてくれ、手形はジャスコで出すからと言われたので、注文者を西日本電設とした甲第六号証の契約書に書替て提出しておいたが返送されて右契約書は工事代金支払方法欄の「ジャスコ(株)振出しの手形、手形一〇〇%(サイト90日)」との記載が抹消され、「昭和五七年一〇月二五日現金払い」と改められていたので、早速東駅店に行き、岩下に対し、ジャスコの手形で支払ってもらう約束に違反していること、このままでは工事の方は竣工間際なので工事の引渡しをしない旨述べて責めたこと、岩下は、東駅店の改装後の開店を一週間位後に控えた時期であり、ここで紛争を起して開店がつぶれたら大変なことになると思い、西日本電設はジャスコの指定業者であり、万一にも倒れることはないであろうし、直ちにジャスコの手形を振出すことは無理であると考え、とりあえず同年八月六日に西日本電設振出しの手形(甲第一号証)で支払いをするが、同時に中国ジャスコがその手形の支払いを保証することを約し、右約束に従って同日岩下は原告が持参した甲第三号証の保証書に「中国ジャスコ(株)下関東駅店取締役店長岩下義之」と自署して甲第一号証の手形の支払いを保証したこと、

6  その後、岩下は、他業者から原告同様保証書を求められると困るし、社内的にも上司の決済を得ず店長の独断で保証したことが公になると困るので、原告から前記保証書を極秘扱いとし、公開しない旨の念書を取ったこと、その後原告は(一)手形を受領したこと、

7  昭和五七年一〇月二五日甲第一、第二号証の手形((一)、(二)手形)が不渡りになり、翌二六日夜中国ジャスコの代表者荒角と岩下が前記岩下のなした保証の善後策について協議するため原告方に趣き、右荒角から原告に対し、当時の山陽ジャスコ及び中国ジャスコが西日本電設に支払うべき債務が七〇〇万円位あるのでこれを差押さえて取ってくれ、残代金については悪いようにはしない、新たな店舗を出す工事とか、東駅店の改装工事を原告にやらせるから、和解金として三〇〇万円提供する等の申出がなされたが合意に達しなかったこと

等の各事実が認められ、右認定に反する証人荒角和典の証言部分は前掲各証拠に照らして措信できない。

二  右認定事実をもとに請求原因につき判断する。

1  乙事件について

(一)  請求原因1(一)について、原告代表者本人尋問の結果によれば、昭和五七年七月末頃岩下は甲第一号証の手形((二)手形)を保証する旨約した際、同手形のみならず本件工事に関する部分全部を中国ジャスコが保証する旨約したというのであるが、甲第二号証の一の手形分については何らの保証書も作成されておらず、同年一〇月二五日に不渡りになるまで原告が中国ジャスコに対し保証書を求めたという確かな証拠もないことから、右原告代表者本人尋問の結果部分はたやすく措信できず、他にこれを認めに足る証拠はない。

(二)  前記認定事実のとおり、中国ジャスコ代表者荒角は東駅店店長岩下と共に原告方に赴き、本件(一)、(二)の各手形につき、原告と善後策を協議したことは認められるが、右は中国ジャスコに法律上の責任があるか否かはともかく、中国ジャスコとしては原告の損害を回復させることにより被告との間の責任問題も解決しようと考え、保証責任に代る種々の代替案を提示し、協議したものと認められ、右荒角において、中国ジャスコが岩下の無権代理行為を追認したものとは認められず、他に追認の事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  また、後述のとおり、東駅店店長岩下に(一)、(二)手形の支払いをなす包括的若しくは具体的な代理権限があったとは認められない。

以上のとおりであり、乙事件原告の請求はその余の点につき検討するまでもなく理由がないので採用できない。

2  甲事件について

(一)  原告が原告代表者本人尋問の結果により成立の認められる甲第一号証の一ないし三を提出していることから、請求原因2(一)項及び3項((二)手形の支払呈示)の各事実が認められる。

(二)  請求原因4項の事実は当事者間に争いがない。

(三)  前述のとおり、東駅店店長岩下が(二)手形の支払いを保証したことが認められるが、右岩下が中国ジャスコの支配人でなかったことはもとより、第三者振出の手形につき保証をなしうる権限は個別的にも包括的にも与えられていなかったことが認められ、請求原因2(二)項及び5項は認められない。

(四)  請求原因6項につき判断する。

前掲各証拠によれば、被告に吸収合併される前の中国ジャスコは百貨小売等を目的とする会社であり、独立した法人ではあるが、中心となるジャスコ株式会社の関連会社として関連会社間で機能の分担をし、例えば、商品の仕入れは生鮮食料品等を除き大半は山陽ジャスコ本部が仕入れたものを東駅店に流し、中国ジャスコの社員は全員山陽ジャスコからの出向社員であり、同店の売上金は全て山陽ジャスコに納入される等契約の締結や人事等に関し中国ジャスコ自体の権限が制約されており、第三者の取引の保証は取締役会の付議事項とされていること、中国ジャスコの本店は広島県呉市に登記されているが、本店業務は合併前の山陽ジャスコ広島本部の一角に一部屋を間借りした所で、社長荒角和典(経営全般担当)及び取締役梶川(総務全般、出店開発補助担当)の二名が執務しているだけで、中国ジャスコの五名の取締役のうち残る取締役岡田及び同二木の二名は取締役会に出席するのみで直接同社の経営には携わらず、取締役岩下は同社唯一の店舗(パートタイマーの従業員を含め百四、五十名)である下関東駅店の店長として、同店店舗の管理、従業員の監督、営業等を担当していたが、現金出納の権限や独自に第三者の取引の保証をする権限は無かったこと及び東駅店の事務分掌を定めた規定のようなものは無かったことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実のとおり、岩下の職務権限からみても東駅店は本社から独立して一定の範囲内で独自の事業活動をなしうる商法上の営業所の実質を備えているといえるかはやや疑問であるが、そもそも中国ジャスコの本店そのものが東駅店との間で明確な事務分掌、権限の分配を行っておらず、前記本店の規模、権限からして右本店が東駅店から独立して観念される程の実体を有せず、百貨小売りを業とする営業の主体はむしろ唯一の店舗たる東駅店であったことに鑑みれば、東駅店は商法四二条の支店に準ずる営業所であると認めるのが相当である。

更に、中国ジャスコは前叙のとおり関連会社間で権限の制約を受け、したがって東駅店についても同様の制約があるのであるが、中国ジャスコも独立した会社であることからして、それ自体一営業単位としての組織を備えた事業所と認められ、会社自体に加えられた一定の契約締結権限の制限は対外的に主張しえないというべく、したがって東駅店においても通常営業所として当然有すべき権限はこれを有すると解するのが相当である。

また、前記認定のとおり、岩下義之が中国ジャスコ株式会社下関東駅店取締役店長であったことが認められ、右岩下が支店の営業の主任者たることを示すべき名称を付したる使用人(表見支配人)であることは明らかである。

よって、中国ジャスコの表見支配人たる岩下義之が原告に対しなした(二)手形の保証契約に基づき、中国ジャスコを承継した被告は右手形の支払いにつき責を負うべきである。

三  抗弁(甲事件)につき判断する。

被告は、原告が岩下に被告を代理、代表して(二)手形の保証をなす権限の無いことを知っていたか知らなかったことにつき重大な過失がある旨主張しているが、乙第一号証の手形保証書を極秘扱いとする旨の念書は一6項に認定したとおり岩下が他の業者からも同様の保証を求められることを危惧し、併せて上司の承諾も得ていないことから公になることを嫌い、原告に作成させたものであって、右念書は原告の悪意や過失の存在を推認させるものではないこと、前叙のとおり、本件工事はジャスコの本体工事を含む大がかりなものであり、原告は岩下店長から直接工事概要の説明を受け、施主は中国ジャスコであると理解して見積書を同社宛提出し、岩下を交えた席で最終的な基本工事代金額を決定して工事に取りかかっていること、これまで中国ジャスコからの請負工事は岩下から電話一本で発注され、何らの問題もなかったこと、原告は工事請負契約書の発注者が西日本電設になることが判明した時点で直ちに本件工事を中止し、岩下から中国ジャスコが支払いを保証する旨の確約を得るよう努力していること、原告において岩下に右保証をなす権限が無く、上司の承諾も得ていないことを知らなかったとしても無理からぬところがあること等の事実から判断すると、原告が岩下の無権限をしらなかったことは勿論のこと、岩下に右権限があると信じたことに重大な過失があったとは認められず、被告の主張は採用できない。

四  以上のとおりであり、原告の本訴請求は乙事件については理由がないのでこれを棄却し、甲事件については理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 兒嶋雅昭)

<以下省略>

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